毎週金曜日本紙掲載・協力:大館市北秋田郡医師会

軽症化が問う、インフルエンザ対策の分離
山内耳鼻咽喉科 院長 山内博幸

 質(たち)の悪い病気が流行しているような状況を「猖獗(しょうけつ)を極める」と表現することがある。けものへんを持った「猛り狂う」という意味の漢字を並列し、猛獣が暴れ狂うが如く厄害をもたらすさまを表現する慣用句で、インフルエンザの流行時にもよく用いられる。しかし昨今、そのインフルエンザに猛々しさが感じられない。猛獣が唾液で牙を光らせているというよりもペットショップの犬がガラス越しにきゃうきゃうと吠えているような感じだ。
 インフルエンザ診療に従事している者のひとりとして感じるのは、年々インフルエンザが軽症化しているということだ。ゆでダコのように顔を真っ赤にして強い全身症状を示す典型的なインフルエンザは5〜10人に1人ほどしかいない。さらに、典型的症状を示すことが多かった小児ですら低熱や微熱のインフルエンザが増えている。勿論悪いことじゃない。病気が軽くなる、歓迎すべきことだ。
 周囲にインフルエンザが発生すると軽微な症状でも検査を希望される人は多いが、まさかこの程度じゃインフルエンザじゃないだろうという子供や大人からインフルエンザウイルスは検出される。そのような状況であるから症状をもってインフルエンザと普通感冒を区別するのは困難である。
 こういうと「そばで生活しているから粘膜に付着したものが検出されたんじゃないの」と思う人がいるかもしれないが、インフルエンザ迅速検査はインフルエンザウイルスが鼻咽腔(鼻の奥)で増殖しなければ検出することができない。インフルエンザ検査が陽性ということは、既に感染が成立しウイルスが感染可能なほどに増殖していることを意味する。
 インフルエンザウイルスが簡易検査によって検出できるようになったのは16年前。それまではインフルエンザの診断は症状だけが頼りだった。急激な熱発と発熱の持続(稽留熱ないし弛張熱)、赤ら顔、筋肉痛などの全身症状が強い割に上気道炎症状(咳や鼻水、咽頭痛など)は軽いといった特徴からである。この診断方法は「インフルエンザであれば典型的症状が出るはず」という前提の下に成り立っていた。確かにこれらの症状は普通感冒には珍しい症状で、そのような症状を持った人に対してインフルエンザと診断したことは適切だったであろう。
 問題は、軽症者が見逃されていたということだ。
 軽症インフルエンザの存在が明らかとなった今だから言えるが、症状でインフルエンザかどうかを判断することは高感度(陽性者を正しく陽性と判断する)だが、低特異度(陰性者を正しく陰性と判断できない)だったのある。つまりこの方法では多くの偽陰性者(インフルエンザでありながらインフルエンザではないと判断される人)が生じ、彼らはベクター(媒介者)としてインフルエンザの流行に大きな役割を演じていたと想像できるのである。典型的症状を呈した生徒が欠席しても一向に流行が収まらないのに、学校が閉鎖処置を行うと一気に収束するというのもそれをより容易に説明できる。(もちろん潜伏期という点からも考えなければならないが)
 簡易検査の出現は無視できない数の軽症者がいることを明らかにした。なーんだ、そうなのかで終わってはいけない。この事実はインフルエンザに対する根本的対策の変更を迫るものだからだ。
 ここで、我々はインフルエンザに対する立ち位置を再度確認する必要がある。なぜ我々はインフルエンザに脅威を感じ、なぜとりわけインフルエンザに注意を払っているのか。
 それは今後鳥インフルエンザが変異して生じるであろう新型インフルエンザに対して脅威を感じているからである。新型インフルエンザが注目されてから、インフルエンザ対策は国家レベルの危機管理策へとその性質を変え、より厳しいものとなった。症状の程度に関わらずインフルエンザであるか否かに注意が注がれ、たとえ症状が軽くてもインフルエンザが確認されれば一定期間社会生活から排除すべきというコンセンサスが形成された。例えるならば、凶悪犯罪者(新型インフルエンザ)を挙げるためには軽犯罪者(普通のインフルエンザ)も厳重に取り締まる、という姿勢だ。
 そのような理由で、集団社会にいる者であれば誰もがインフルエンザかどうかに拘り、神経質になっている。完全に予防できない不完全なワクチンでありながら接種者が列を作るのも、売店では予防グッズ売り場だけで1ブースが埋まるのもそのような理由からだ。
 たとえ軽症でもインフルエンザであれば放置しないということに意義があるとすれば、通常のインフルエンザ対策と、新型インフルエンザ対策がその意味において確固とした連続性を持つことが条件となる。なぜなら新型インフルエンザへの繋がりのない軽症インフルエンザなど単なる流行性感冒に過ぎないのだから。つまり普通のインフルエンザ対策が果たして新型インフルエンザに対策になるかどうかという部分に最も注目せねばならない。
 結論をいえば、通常のインフルエンザ対策を拡大した形で新型インフルエンザに適応すれば多くの死者が出るだろう。
 通常のインフルエンザと新型インフルエンザは全く別の疾患と考えねばならない。その危険度には雲泥の差があり、軽症者の存在を考えた対策を極めて厳重に行う必要がある。新型インフルエンザは強毒性で軽症者はいないという考えは誤りであろう。一般に重症感染症は流行しにくい。感染者が死亡したり床に伏すことで社会との接触が絶たれるからだ。しかし人類を最も殺したスペイン風邪は重症でありながらあれほど広範囲に流行したのである。つまり新型インフルエンザにも間違いなく軽症者はいる。
 一方通常のインフルエンザに対しては直線の農免道路時速40q制限のようなやり方は止めて若干緩くしてもいいと思う。自分がインフルエンザだと認識していない患者が数多く存在していることを考えれば隔離的対策の意味は薄く、長期(1週間弱というのはかなり長期)休学や休業による社会損失の方がより大きいと想像する。
 今のインフルエンザ対策システムは、真面目に医療機関を受診して検査で検出された人だけが社会から一時的に排除されてしまうような、いわば正直者が馬鹿を見るようなシステムである。実際、インフルエンザと診断されると困ってしまうので、普通の風邪ということにして学校や職場を休まない人はおそらく相当数に上がるはずだ。つまり通常のインフルエンザ感染者の扱いを必要以上に厳しくしても逆効果なのである。
 以上異論はあると想像するが、現場で働く一個人としての意見である。今後の社会の変化を観察したい。
(大館市 平成27年1月30日掲載)
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